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お茶

担当 : 企画課 / 掲載日 : 2012/04/24

ここらでいっぷく、お茶にせんかね。

茶どころ、仁淀川町。町内各地に茶畑があって、それぞれ個性派ぞろい。
ひときわ香り強く、味は濃く、仁淀川水系の自然とともに。
一杯の土佐茶が語る、土地への愛着、こころ映え。

県内一のお茶の里として知られる仁淀川町。ここでのお茶の歴史は古く、千年以上も昔、修行の為に訪れた弘法大師が、豊かに繁茂する野生の山茶を見てその喫茶法を伝授したのが始まりと伝えれています。
四国山地に抱かれた仁淀の山里には、古来より無尽蔵ともいうべき自然の山茶が自生していました。山人たちは、種をまかなくても自然に芽吹き繁るこの木を”ふし木”と呼び、日々の生活の糧にかえる”宝の木”として大切に育んできました。

仁淀川町のお茶自慢

仁淀川町は高知一の茶産地。香りとコクの高さも全国トップクラス。


お茶の里山

清流からの朝霧・夕霧と昼夜の温度差、石灰質を含む秩父古成層地質帯に位置することなど、茶の生育に最適な自然風土に恵まれ、県内の約40%近い土佐茶を生産。そのほとんどを高級荒茶として出荷しています。ひときわ高い香りとコク、都会のカルキの水にも負けない深い甘味と滋味。土佐茶はその強い個性ゆえにブレンド用の種茶としてなくてはならない存在。日本一の茶どころ静岡や宇治からも買い付けにやってくる味のよさが自慢です。

「都会の水道は、殺菌用に大量のカルキ(石灰)を使う。しかし土佐茶は、そのカルキに負けない香りとコクを発揮する。有名山地の茶と混ぜ合わされても、ふるさとの味と香りを決して失わない。この強情さが土佐茶の真骨頂だ」といわれます。


お茶の里山

仁淀川町のお茶の歴史

恵みの山茶は、領主への貢物として、日々の生活の糧として。


お茶の里山

長宗我部地検帳によれば、茶は楮と並ぶ基幹作目。その栽培の歴史は400年になるともいわれ、地元に残っている古記録「何用定メ記録覚帳」にも領主への貢物に茶が上納された記録が止められています。このように茶はこの地域では唯一頼れる主産物で、茶が売れればツケを払えるということから「茶銭」という言葉が残っています。
また食事のことを「茶を飲む」といい、昼食を「昼茶」、おやつを「二番茶」と呼ぶなど、日々の暮らしに欠かせない貴重な存在でした。